こんにちは。
おざきです。
今回は、『マルクスガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」』の書評をしていこうと思います。
この本、まじで良かったです!
マルクスガブリエルさんは哲学者で、めちゃくちゃ賢い!
幼少期から哲学に触れ、高校生のときは高校に通わずにすべての単位を取り、かつ哲学書を読みあさったそうw(クセ強すぎw
そんな彼が、
今の世界に対してどう思っているのか?
どうしていけば良いのか?
ということについて詳しく書かれています。
この本は、インタビュー形式でわかりやすいです!
インタビュアーの方も良い質問をされていて、
読んでいるだけで、実際に対話している感じになりましたw
では、ここからは、3つテーマを拾って紹介していこうと思います。
正義と悪がはっきりしない世界での思考法とは?
最近の世の中って、本当にシロクロつけにくいですよね。
例えば、マスク。
マスクはつけるのが当たり前!
と考えている人もいれば、
マスクは別につけなくてもいいよね。
と思っている人もいます。
ちなみに僕は、別につけなくてもいいよねって思ってます。
体調が悪い人がつける分には賛成ですけど、
体調も悪くない人がつけていても意味はありません。
それどころか、マスクをつけることによって口呼吸になって口が乾燥して口内環境も乱れますしそれによって逆に、、、、みたいな。
「他人の目が怖いからつけたくはないけどつけておこう。」
という消極的な構えの人が多いのではないでしょうか?
僕も無意味に攻撃されるのは嫌なので飲食店などではつけるようにしてます。
このようにマスクというかなり小さなものをとってみても、
いろいろな立ち位置の人がいて、
絶対的な正義と絶対的な悪は存在していないんですね。
そもそも科学が「仮説が『いまのところは正しい』としか思えない。」
というだけのものであって、絶対的に正しいものなんて存在しないんです。
そういう世界においては、
極端な2つの意見をどっちも知った上で、
グラデーション的に見ていく。
ということが大事になってきます。
そのことを本書では「1から10」という例えを用いて説明してます。
例えば、
「マスクなんて一切必要ない!」っていうのを「1」
「マスクは絶対にいつでもどこでもつけるべき!」っていうのを「10」
とすると、
自分は1から10のうちどこらへん?
と考えるということです。
僕の先程の意見は、おそらく3〜4のあたりに該当するんでしょう。
そんな感じで、自分の立ち位置はどこなんだろう?
あの人の立ち位置はここらへんかな?
みたいな感じで把握していくといいんですね。
僕も両方の意見をちゃんと見るように心がけていて、
「緊急事態宣言不要派VS必要派」という記事も書いたことがありますw
白黒つけにくいことに関して考えるときには非常に大切な考え方なので、
ぜひ参考にしてみてください!
科学至上主義から離脱する
さきほどの話にもつながってくるのですが、
今の世の中は科学至上主義に偏りすぎですよね。
そのことに関して、マルクス・ガブリエル氏は警鐘を鳴らしていて、
僕も激しく同意するところであります。
あとがきから少し引用してみると、
こうした科学技術「信仰」が強い現代社会では、科学=合理性と何のためらいもなく直線的に結び付けられがちです。
しかし、科学もまた一つの方法論であり、そこから導き出された答えも、総合的な価値判断にあっては、一つの指標に過ぎないはずです。
科学的にエビデンスがあるのか?
という問いはたしかに大切ではあります。
しかし、科学的にエビデンスがなくても正しいことはわかったりします。
「明らかに間違ってること」ならなおのこと人間の直感、人間の美的感覚でわかります。
そしてたいていの場合、「明らかに間違っていること」以外はシロクロつけにくいんですよね。
どの意見にも「一理ある」と思えるようなことばかりです。
そのような人間的な曖昧さ、多面的な側面というものを理解するには科学だけに頼っていてはいけないのだと思います。
そのような意味において、科学至上主義からの離脱は必要だなと思いますね。
日本的な考え方の可能性について
で、これもつながってくるのですが、
日本的な考え方って、科学的に根拠がないことが多いわけです。
たとえば、
日本人の当然の習慣として、靴を脱ぐ習慣がありますよね。
「なんで靴脱ぐの?」って言われても、
「いや普通は脱ぐものだから」
としか言えないと思いますが、この習慣ってかなり衛生的な面を考えると優れた習慣なわけです。
言ってしまえば、「おばあちゃんの知恵」には論理を超えた正しさがあったんですね。
足を冷やさないようにしなさい。
トイレはきれいにしなさい。
米粒には神様が宿ってるから残さず食べなさい。
そういうことをよく叱られました。
べつにおばあちゃんは科学なんて知らないし、
足を冷やさないことが体に良いってことは知っているけど、
どうしてそうなのかはわかっていない。
でも、それで良いんです。
日本にはそういった科学が追いついていないような考え方が多く残っています。
その一つが禅 です。
最近ハヤリのマインドフルネスってやつです。
マインドフルネスなんて言わずに禅 と言ったほうが日本人には馴染みやすいだろうと思うのですが、西洋主義に偏っているからか、マインドフルネスっていう言葉が独り歩きしてる感がありますよね(細かいw
ある時点で、人間は存在し、意識をもち、存在したり、しなかったりを繰り返します。
そして最後には存在しなくなります。この存在の点滅はどこかの場所で起こるわけではありません。どこかの広い空間で、現実になにかが点滅しているのではありません。
ただの点滅です。(中略)
仏教でも同じような考え方がありますよね。
私の考えが日本人に受け入れられるのは、日本人の精神の重要な層に私の考えと呼応するものがあるからだと思います。
ほかにも層はありますが、日本の思想の歴史には顕著な層があります。
禅 です。
禅には この考えを是認する要素があるのではないでしょうか。
本書の中では上のように述べられています。
身も蓋もない話をすると、
世界最先端の人物ほど、日本に興味を示します。
有名なのはスティーブ・ジョブズがめちゃくちゃ禅を取り入れていたっていう話です。
日本的な考え方は、今後の世界でもかなり重要になってくるだろうと思います。
これは僕がいつもコミュニティで教えてもらっていることでもありますが。
そんな感じで日本的なものの見方も大事にしていこうぜ!
っていう話でしたw
最後に
いかがでしたでしょうか?
かなり僕的な視点も交えて書いたので、本書とすこし齟齬があるかもしれませんが、
そこはご愛嬌。ということでw
本当に新時代にふさわしい考え方が詰まっている本だと思ったので、
興味があるかたはぜひ買ってみてください!
マルクス・ガブリエル 新時代に生きる「道徳哲学」 (NHK出版新書 645)
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
では。