僕もそうですが、いろいろな動画、サービス、漫画、アニメ、映画。
をたくさん見るようになりました。
なんかすごいたくさんのコンテンツを消費しました。
ネット上には無尽蔵にコンテンツがあります。
いまやコンテンツは借りる必要もなくなり、サブスクリプションで配信されたものを見る。
音楽も、コンテンツとしてエンタメとして大量に消費されるようになりました。
一昔にはCDでしたが、いまやCDすら出さないアーティストもいるようです。
今読んでいる恩田陸さんの「三月は深き紅の淵を」という小説に次のような一節がありました。
「ーだから、今や新しいミュージシャンやカルチャーというものは、彼女たちにとって一種の投機な訳ですよ。いかに早く、雑誌やTVで話題になる前に誰も知らないお洒落なものに唾を付けるかという点に彼女たちは最大の労力を割いているんであって、決して対象にのめり込んでいるんじゃない。そういう新しいものを見つけた自分というものが中心にある。
(35、36ページから引用)
なんとなく、いろいろな物が流行りやすくはなった。
ただ、コロナのピークのように一気に盛り上がるものの一年もいや半年ももたない。
ただみんな読んでるから。ただ良いとされているから。という理由で大量に消費され、飽きたら終わり。
僕は未だにウォークマンを使っていて、何年も6年近く同じ機種を使っているので、6年近く前に入れた曲を未だに聴いています。
例えば、バンプなんて本当に7年以上聞き続けていますし、ミスチルのサイのジャケットのアルバムもずっと聴いています。
何が言いたいかと言うと、別に人それぞれで良いのだけれど、アーティストにとっては大変な世の中だなということです。
アーティストは消費者を飽きさせるとすぐに捨てられてしまう。
人々はただ流行に乗りたい、ただ人よりも先に流行に乗りたい。そう思っているから、アーティストが愛されるわけではない。
コンテンツが一時好かれても、愛されはしない。
そんな時代のように感じます。
アーティストは人々を飽きさせないための工夫を凝らしていますよね。
前奏はなるべく短く、最初からイメージの強いもので引き込むような感じ。
バンプのstage of the ground という曲は前奏が1分近くあるものすごく前奏の長い曲ですが、こんな感じの曲を最近は聴いたことがありません。
アニメも展開が早いものが多いですし、そういう最初から視聴者を引き込むのが必要になっているのだと思います。
例を挙げると、ダーウィーンズゲームなんかも展開がすごく早いですし、鬼滅も展開が早いです。
昔のブリーチやナルトみたいな「ため」は全然ない。
いちいち引き延ばして時間稼ぎを一昔はしていたものですが、最近ではどんどんコロコロ場面が変わっていくものが多い。
時代のスピード感を感じさせるような変化だと思います。
情報もいかに速く伝えるか、いかに速く発信するか、速く速くと自分の首をしめていくような感覚があります。
もっとゆっくりゆったりと自由気ままに好きな物を深めていくのも楽しいものなのですけどね。
一人のアーティストのマイナーな曲まで網羅していく楽しさを知らない友人も多いです。
なんだかなあ。
そんなやるせない気持ち。
では。